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古今東西の名ラフマニノフ弾きたち 第0回
ラフマニノフ / TAKAHIRO AKIBA
 ロシアのみならず、今や世界の壮大な音楽史の中においても燦然たる輝きを放つ偉人の一人として讃えられるセルゲイ・ヴァシリエヴィチ・ラフマニノフの芸術とその人間性を信奉する者として、その創造的遺産や評伝的記録のみならず、彼が生きた時代から今日に至るまでに、彼の音楽が世の演奏家たち(演奏家としてのラフマニノフを含む)によってどのように読み取られ、どのように表現され、それがどのように聴き手に伝えられてきたかという、「演奏史」なる領域にも少なからぬ興味を抱いています。

 全ての演奏家や作曲家、研究家および評論家、あるいは愛好家において、皆それぞれ独自に築き上げてきた、あるいは「築きあげられてきた」音楽観というものがあり、音楽的経験の形も多種多様であるわけですが、特に今日しばしば見受けられる演奏家たちによる作品解釈の正統性を巡る論争ほど無益なものはありません。例えば、ショパンの音楽において、「ポーランド式の伝統的解釈」であるとか、「フランス式の伝統的解釈」などという、全く根拠の無い、作曲家の精神そのものを二の次として、自分たちがあたかも何かの安全ライセンスを得ているかのような錯覚に陥っている様を公然と露わにしておられる演奏家たちが少なからず世の中に存在していることは、大変に残念なことと言えるでしょう。そして、ラフマニノフの音楽を巡るそれにおいても同様のことが言えます。ラフマニノフの音楽は、彼自身の言葉が示すとおり、ロシアの風土や精神、そしてその地に暮す人々の気質や視点、崇高な信仰心といったものそれ自体に根差すものであり、まさに、まぎれもない「ロシアの音楽」にほかなりません。しかし、その音楽において、「伝統的解釈」(しばしば用いられる「ロシア的解釈」というような語を含む)なるものは全くもって無意味なものであり、彼の音楽に秘められた「真実の光」を屈曲させるものに過ぎないのです。そうしたあらゆる邪悪な束縛に一切囚われることなく、ただただ無心となって作曲家の魂の声に耳を傾け、その清き言葉を待ち望む者にだけ、作品の「真実の姿」に触れることが許されるのです。

 そうした「魂の声」を伝える演奏家を求める私の旅の過程において、まさに、ラフマニノフの魂から発せられた内なる声を伝える数少ない「古今東西の名ラフマニノフ弾き」たちと巡り会うことができたことは、私の音楽人生において最も幸福感に満ちた精神的体験の一領域となっています。
 
 『古今東西のラフマニノフ弾きたち』第1回となる次回は、現代ロシア・ピアノ界最後の巨星「ヴィークトル・メルジャーノフ」をご紹介したいと思います。

[今後の執筆予定]

 第1回 ヴィークトル・メルジャーノフ
 第2回 アルノ・ババジャニアーン
 第3回 ミハイール・プレトニョーフ
 
 第4回以降未定

 (※演奏家の年代は順不同です。また、掲載回は執筆者の気分により予告無く変更される場合がございますので悪しからず!)
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