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ラベック姉妹の名盤
名曲名演あれこれ / TAKAHIRO AKIBA


何を隠そう、大のラベック姉妹ファンである私ですが、だいぶ前から入手困難になっており、つい最近まで我がコレクションの中で欠けたままとなっていた一枚がこれ。ビゼー、フォーレ、ラヴェルによるピアノ連弾のための名作組曲を集めた1985年作のアルバムですが、ここ数年の間に入手したCDの中では一番の「大当たり」でした。

対照的な芸術的気質を有しながらも見事な調和の中に音楽を描き上げてゆくカティアとマリエルという稀有な二人のピアニストが織りなす響きの魔術の中で呼吸を得たこれら三つの組曲は、まるで、文字も挿絵もない不思議な童話集のようであり、はたまた、素晴らしい香りのする見たこともない花々に満たされた園のようでもあり、ときとして、魂をもった絵画たちの飾られた画廊のようでもある。繊細さの極みを尽くす「マ・メール・ロワ」など、まるで妖精の隠し持っていた魔法のオルゴールが、夢や愛、永遠についての秘密の調べを奏でているかのよう。

全ての聴き手に幸福をもたらす、ファンタジー溢れる一枚だと思います。
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光の画家
エッセイ / TAKAHIRO AKIBA


アルヒープ・クインジ Архип Иванович Куинджи(1842年 – 1910年)は、19世紀を代表するウクライナ出身の画家。レーピンやレヴィタンなどとともに「移動展派 "Передвижники"」の代表的な一人として高度な芸術的功績を残した人だが、先述の二人に比べて、どうやら日本国内における認知度はさほど高くはないようだ。

私は数年前に東京都美術館にて開催された《国立ロシア美術館展》を訪れた折、クインジの作品の前に初めて立ったその瞬間、その一種異様ともいえる「魔力」に完全に捕らわれてしまった。クインジ作品の魔力、つまり、自然界に内包される光そのものに絵筆を浸し、そのありのままをもってキャンバスを彩ってゆくような画法は、「輝き」の情感的表現において古今東西の画家たちを大きく凌駕し、二つとない圧倒的な魅惑を燈しているように思う。彼の作品から放たれるそのあまりにも真実味を帯びた「光」に、私は思わず、額の背後に特殊な照明器具による演出が仕組まれているのではないかと疑ってしまったが、クインジの肉声をのせたその不思議な光との無言の対話に、すっかりと我を失い、時の制約を忘れてしまったことを今でも覚えている。

残念ながら、こうした画像はおろか、色彩への繊細な配慮が施された優れた画集においてさえも、クインジのあの魔術的な「光」は全くもって(!)再現されていないし、したがって、実際の作品の前に立たなければその静謐で神秘的な輝きに照らし出される自らの心の濃淡に気付くこともできない。

近い将来、日本で、あるいはモスクワで再び彼の「光」に出会える日が訪れることを心待ちにしている。

【画像:アルヒープ・クインジ作《エリブルス山、月夜》/1890-95年作】
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モーツァルト作?!謎のソナタ
エッセイ / TAKAHIRO AKIBA


おそらく、よほどのモーツァルト愛好者か、熱心な音楽学者でなければ、殆どの人々がその存在にすら触れることなく過ごすであろうこの「モーツァルト作」とされる謎のクラヴィーア作品、《ソナタ 変ロ長調 KV498a / Anh.136》。

1798 年に P・トーヌスの校訂によって、ブライトコプフ&ヘルテル社から「モーツァルトの遺作」として出版され、その後も、バルトーク校訂版(ブダペスト版)やゴリデンヴェイゼル校訂版(モスクワ版)をはじめとしたいくつかの《モーツァルト:ソナタ全集》において、いわゆる学術的根拠なく《ソナタ 第20番》として含まれてきたこの作品であるが、現代の主要な学説において、このソナタはおそらく実際にはアウグスト・エベルハルト・ミュラー (1767〜1817)によるものであるという説が有力となっており(実際に、ミュラーはその生涯においてこのソナタを自身の「Op.26」として出版している)、他のモーツァルトのクラヴィーア用ソナタには決して見られない4楽章構成であるという点、また、アンダンテ楽章およびロンド楽章が明らかに過去作品の部分的転用(前者はKV450の緩徐楽章と同一の主題による変奏曲、後者はKV450、KV456、KV495の終楽章からの転用)であるというような、いくつかの不可解な点を有していることを考慮するなれば、やはり偽作とする判断も決して否定できない。しかしながら、代表的なモーツァルト研究者の一人であるアルフレート・アインシュタインは、第1楽章および第3楽章を真作とし、後者に関しては、《アイネ・クライネ・ナハトムジ―ク K. 525》から削除されたメヌエット楽章を転調したものであるとの説も主張している。

いずれにせよ、その真相を明らかにする鍵は今日現在見出されていないが、この際、一切の作品成立史的背景を無視し、純真な心とともにこの作品において語られる音楽的内容に耳を傾けるならば、モーツァルトの創造的精神に驚くほど深く共鳴する要素は決して少なくなく、とりわけアレグロ楽章に至っては、思わず「モーツァルトの知られざる新作発見!」と信じたくなるほどの情感的豊かさと、芸術的純度を有しているように思える。

残念なことに、この作品の成立上の謎にこれ以上立ち入ることは闇の領域の何者かによって頑なに拒まれているが、しかし、未知なるモーツァルトの肖像に想いを馳せる夢を受け取る自由は、いまだ私たちの手の中にあるのではないだろうか。

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10周年、そして・・・
お知らせ / TAKAHIRO AKIBA


友人のピアニスト、吉岡裕子さんとともに2004年に結成したエストニアン・ミュージック・プロジェクト(EMP)も、お蔭さまにて、今年でようやく10周年を迎えます。思い起こせば・・・なんて身の上話を長々とするつもりはございませんが、とにかく「人生は過ぎゆく」ということでございます(???)

前置きはともかくとして、今回のプログラムはこれまでのEMPの集大成とも言えるゴージャスなラインナップとなっており、2011年2月(ルーテル市ヶ谷センター)開催の『静かなる心象〜エストニア・ピアノ音楽の夕べ』がそうであったように、エストニア音楽史の過去から現在(そして未来へ?)に至るまでの「響きの風景」を探訪する旅といえる内容になっております。

詩情溢れる「音による風景画」であるカップの《タリンの風景》、エストニア声楽音楽の領域における「珠玉の宝石」であるトゥビンの歌曲、火星を舞台としたA・トルストイのSF小説《アエリータ》に基づく秘作、オヤの《アエリータ組曲》、21世紀エストニア音楽界を代表する天才的作曲家クルヴィッツによる豊潤な響きに彩られたシェークスピアのソネット集、独特の静謐な色調で描かれたポルドマエの《エストニアの風景》などなど、今回演奏される曲の多くが日本初演となるものばかりですが、プログラムの最後では、EMPのデビュー公演(2005年12月)「ウルマス・シサスクの世界〜いにしえのアボリジニたちの見た星空へ」(シサスクのピアノ組曲《南半球の星空》全曲日本初演)への"密かなるノスタルジー"として、《南半球の星空》の中で最もドラマティックな最後の4曲を再演致します。

また、この記念すべき夜に"華"を添えてくださる二人のゲスト・ソリストの存在を抜きにしては、この豪華プログラムは成立しません。日本を代表するバリトン歌手の井上雅人さんによるトゥビンとクルヴィッツ、新進気鋭のヴァイオリニストの齋藤澪緒さんによるオヤとぺルトはまさに当夜のハイライトといえるでしょう。

さて、音楽の世界の「未知なる海」を発見する旅、是非皆様もご一緒に!
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響きの風景〜エストニア室内音楽の夕べ
お知らせ / TAKAHIRO AKIBA


来年5月9日に東京・五反田文化センターにおいて開催予定の『響きの風景〜エストニア室内音楽の夕べ』のプログラム公開が解禁となりました。
2004年に友人のピアニスト吉岡裕子さんとともに結成したEstonian Music Projectも来年でいよいよ10周年ということで、今回は名バリトン歌手の井上雅人さん、気鋭の若手ヴァイオリニスト斎藤澪緒さんのお二人をお迎えして、エストニア室内音楽の選りすぐりの名作をお届け致します。
チケット販売は年明けの予定となっておりますが、ご予約は当サイトのメールフォームからもお受けしております。
皆様のご来場を心よりお待ち申し上げております!

ESTONIAN MUSIC PROJECT Vol.5
響きの風景〜エストニア室内音楽の夕べ
エストニアン・ミュージック・プロジェクト結成10周年記念
駐日エストニア共和国大使トイヴォ・タサ閣下任期満了記念

2014年5月9日(金)19時開演
五反田文化センター 音楽ホール
入場料:全席自由 3,000円

【出演】
秋場敬浩(ピアノ)
吉岡裕子(ピアノ)
井上雅人(バリトン)
斎藤澪緒(ヴァイオリン)

【プログラム】

E・カップ:ピアノ曲集《タリンの絵》から
 E. Kapp: From the cycle "Pictures from Tallinn" for piano solo (1949)
〈カドリオルグの春〉
〈リレー競走〉
〈のっぽのヘルマン〉
〈オオカミ渓谷のせせらぎ〉
〈歌の祭典〉

H・エッレル:ピアノのための《鐘》
 H. Eller: "The Bells" for piano solo (1929)

E・トゥビン:3つの歌曲
 E. Tubin: 3 Songs for baritone and piano
〈あなたの優しい手〉ETW68 (1926)
〈雪片〉ETW 82 (1949)
〈天空にて〉ETW73 (1927/65)

E・オヤ:ヴァイオリンとピアノのための組曲《アエリータ》
 E. Oja: "Aelita" suite for violin and piano (1932)

☆☆☆

A・ぺルト:《鏡の中の鏡》
 A. Pärt: "Spiegel im Spiegel" for violin and piano (1978)

T・クルヴィッツ:《シェークスピアによる3つのソネット》
T. Kõrvits: "Three Shakespeare' sonnets" for baritone and piano (1998)

A・ポルドマエ:ピアノ組曲《4つのエストニアの風景》
 A. Põldmäe: "Four Estonian Landscapes" for piano solo (2009)
1. 〈氷に閉ざされたケイラ=ジョアの滝〉
2. 〈ヴォーレマー地方〉
3. 〈ヴァルスカの砂丘〉
4. 〈リストナの打ち寄せる波〉

U・シサスク:ピアノ曲集《銀河巡礼〜南半球の星空》Op.52 から
 U. Sisask: 4 pieces from "Starry Sky Cycle - Southern Skies", Op.52 for piano solo (1995)
〈さいだん座 ― 増殖〉
〈かじき座 ― 霧のなかの悦び〉
〈とけい座 ― 伸展〉
〈レチクル座 ― 永遠〉
 
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我が家のピアノ
エッセイ / TAKAHIRO AKIBA
我が家のピアノ(ヤマハ)は呆れるほどに飼い主(つまり私)に似たというか、恐ろしく気分屋である。その日の天候、雰囲気、+アルファ何らかの事情によって、毎度、まるで別人のように私に対する態度が異なる。ある日は立派な歌手のように凛々しく響き、ある日は瀕死の患者の声のように響き、ある日は螺鈿のような色彩を放って響くこともあるのだが、今日は一段とご機嫌斜めのようで、うんともすんとも言わない。以前ならば「なにか?お前はスタインウェイにでもなったつもりなのか!生意気な!」とこちらも激しい怒りの念をもって奴に抗議するところだが、ここ最近はどうもそのような気にもなれない。なぜならば、私自身が奴と全く同じ性格であり、奴の声音は鏡そのものであり、今の私の精神状態そのものであるということを知っているからである・・・
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名曲名演あれこれ.ール・ライネッケのベートーヴェン
名曲名演あれこれ / TAKAHIRO AKIBA


カール・ライネッケの演奏によるベートーヴェンの『エコセーズ(スコットランド風舞曲)』。ピアノ・ロールによる再現ながらも実に芳醇な表情を湛えた名演。しばしばピアノ発表会で子供たちによって実に退屈に演奏されるこの小品が、これほどまでに豊かで愉しく、生き生きとした躍動に溢れた音楽であるという事実の最も素晴らしい証明になる演奏ではないだろうか。いずれにせよ、メンデルスゾーンやシューマン、ブラームスらと親しく交わった人物による、当時の薫りを我々の時代に伝える演奏記録が残されているという幸運に感謝せずにはいられないし、それを聴くことは、まるで遠い宇宙から放たれた微かな交信を受け取るかのような感慨を覚える。
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切なる願い〜未知なるもの
エッセイ / TAKAHIRO AKIBA
音楽を愛する全ての人々は、是非とも、同時代に生きる作曲家たちの作品にも興味を持ってほしい、そして、才能ある彼らが宇宙から引き出したメッセージに耳を傾けて欲しい。「現代音楽」などという有害な抽象的概念とは今すぐ決別し、未知なるイメージや表現の形、新たなる音楽言語によるコミュニケーションの可能性というものに対して恐れることなく、ただそのありのままを受け入れて、響きに彩られたその時間との対話をシンプルに楽しんでほしい。音楽の内部構造に対する詮索や分析など一切必要ではない。それは多種多様な人間の個性や容姿を受け入れる場合と同じことで、たとえば、「美しい」と感じる相手を分析すればするほど興醒めしてゆくのと似ており、ましてや彼らの肌にメスを入れてまでその美の謎を解明しようなどとする行為は、グロテスクな愚行であると言える。「謎」のない美など美ではないし、論理によって解明できるものなど、所詮は「真実」ではないのだから。
重要なことは、自らの意識チャンネルを全開放し、未知なるものからのアクセスを決して拒むことなく、それらが語りかけるものを率直に感受するということであり、それを著しく妨げる「蓄積されたもの」を捨て去るための、スプーン一杯分の勇気を持つことである。
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アルメニアの至宝、アラクス・マンスリアン
エッセイ / TAKAHIRO AKIBA


彼女の歌声は強靭かつ真なるものであり、ドラマティックな陰影に満ち溢れ、全ての音域を通して確固たるものであった。そして、その立ち居振る舞いまでもが目覚ましいほどに繊細なのである。
"OPERA-OPERA"誌(2003年7月号)

アルメニアが生んだ“声の至宝”アラクス・マンスリアン Arax Mansourianの名は、彼女のその魔術的な歌声に憑かれた全ての聴衆たちの心の奥底に刻印されるものであるばかりか、世界各地の伝統あるオペラ劇場やコンサートホールに満ち溢れる芸術的精神そのものへの清らかな接吻の証とも言えるでしょう。
「音楽こそ我が生涯そのもの」と語る彼女の創造的活動の全ては、まさに、音楽への献身と奉仕そのものです。彼女の祖国アルメニアの国立歌劇場、そして、彼女の新天地となったオーストラリアのオペラハウスの夜に集った聴衆たちを深い感銘とともに震撼させたその膨大なレパートリーは、彼女の唯一無二の音楽的天性に加えて、類稀なる探究心と洞察力、並々ならぬ勤勉さによって練磨の極みを尽くされたものであり、その演奏解釈と感情的表現は、作者の思想と構想、作品に秘められた真実と神秘への絶対的な忠誠心に基づくものにほかなりません。

私自身が彼女の芸術の虜となった最初の契機は、彼女のもうひとつの顔、室内歌手としての姿を通してのことでした。絢爛たる技巧性や輝かしさを要するオペラの表現技法とは異なり、より内省的で微細な感情的色彩感覚を要する室内歌曲の世界においても、彼女は最高の表現者の一人ですが、彼女の歌うコミタス(アルメニアの作曲家)の『鶴』を、映像を通して初めて耳にし、目にした時のあの鮮烈な印象は今でも忘れることができません。
一羽の鶴に遥かなる祖国アルメニアからの便りを求め、無言のうちに飛び去るその鶴に祖国へと飛ぶように哀願する孤高のアルメニア人の姿を描き上げたこの作品は、まさに全てのアルメニア人たちの精神的象徴ともいえる音響的内容を秘めた音楽ですが、作品において描写される繊細極まりない心象変化、旋律の隅々に刻み込まれたアルメニア的精神、神聖な言葉の抑揚というものを、マンスリアン女史はまさに完全に、非の打ち所なく、人間の最も本質的で豊かな感情世界に深く浸透し、共鳴する響きとして具現化しているのです。
コミタスの他にも、ハチャトゥリアンやティグラニアン、ガナチアンといったアルメニア人作曲家の声楽作品、ヴェルディやプッチーニ、ヘンデル、ラフマニノフなどの名作における彼女独自の芸術的アプローチに接するたびに、驚き、陶酔し、深い感銘を受け、いつしか、私の最も敬愛し、崇拝する芸術家の一人としてアラクス・マンスリアンの名を常に思い浮かべるようになるばかりか、彼女の音楽が私自身の創造的活動に最も重要な影響を与えるものの一つとなっていることに気づくようになりました。

現在ではオペラ界を離れ、オーストラリア音楽大学の名教授として次世代を担う若手歌手の育成に情熱を注いでいらっしゃるマンスリアン女史ですが、来年秋に待望の初来日、私とともに日本の舞台に立ってくださることになりました。私とのデュオ・リサイタルのほかにも、声楽家のためのマスター・クラスも開いてくださることになっており、いずれも彼女の“魔術”の秘密を垣間見るまたとない貴重な機会となることでしょう。皆様、どうぞご期待ください!


【アラクス・マンスリアン Arax Mansourian】
 アルメニア共和国の首都イェレヴァン生まれ。国立コミタス記念イェレヴァン音楽院声楽科を卒業後、アルメニア国立歌劇場を代表するソプラノ歌手として活躍。1994年にオーストラリアに移住し、活動拠点をシドニーに置く。
 その絶妙な声色と豊かな声域、磨き抜かれた演技力によって、マンスリアンはこれまでにアルメニアおよびロシア、ヨーロッパの名作オペラの数々を演じ、アルメニアでの活動期においては、ヴェルディの『アイーダ』のタイトルロールをはじめ、『イル・トロヴァトーレ』(レオノーラ役)、『ドン・カルロ』(エリザベッタ・ディ・ヴァロア役)、レオンカヴァッロ作曲『道化師』(ネッダ役)、プッチーニ作曲『ラ・ボエーム』(ミミ役)、チャイコフスキー作曲『エヴゲニー・オネーギン』(タチアーナ役)、『スペードの女王』(リサ役)、ジョルダーノ作曲『アンドレア・シェニエ』(マッダレ―ナ役)、ティグラニアン作曲『アヌーシュ』(タイトルロール)などを主要レパートリーとした。1993年にはモスクワ国立交響楽団との共演による、アラム・ハチャトリアンの『三つの演奏会用アリア』のソリストとしてモスクワに招かれる。
オーストラリア移住後、オペラ・オーストラリアのソリストとしてプッチーニ作曲『トゥーランドット』(リュー役)、『オテロ』(デズデーモナ役)、ヴェルディ作曲『運命の力』(レオノーラ役)、ワーグナー作曲『タンホイザー』(エリーザベト役)、ヴェルディ『ドン・カルロ』(ヴァロア役)、『シモン・ボッカネグラ』、ワーグナー作曲『パルジファル』(クンドリ役)、『トリスタンとイゾルデ』作曲(イゾルデ役)、ジョルダーノ作曲『アンドレア・シェニエ』(マデロン役)、ヴェルディ作曲『仮面舞踏会』(アメリア役)などを演じた。また、ABC(オーストリア放送協会)主催によるシドニー・オペラハウスにおけるコンサートにおいてシドニー交響楽団と、オペラ・ガラにおいてキャンベラ交響楽団と共演。1996年にはベートーヴェンの『第九』ソリストとしてシドニー交響楽団と共演したほか、同年から1997年にかけて、国際マイケル・エッヂリー&ケヴィン・ジェーコヴソン・スタジアムプロダクションによる『アイーダ』ツアーに参加し、タイトルロールとしてパース、ブリスベン、シンガポール、オークランドの劇場に出演。2000年にはヴェルディ作曲『レクイエム』のソリストとしてシドニー・フィルハ−モニアと、また、ブリテン作曲『戦争レクイエム』のソリストとして、メルボルンにおいてインデペンデント・クラシックスと共演。2002年、シドニー・オペラハウスにおいてヤナーチェク作曲『カーチャ・カバノヴァ』のタイトルロールを演じ、同年、マスカーニ作曲『カヴァレリア・ルスティカーナ』のタイトルロールとして、メルボルン芸術センター、オペラ・クーインズランド、シドニー・オペラハウスに出演。2003年、サンフランシスコおよびロスアンジェルスにおけるアルメニア宇宙線研究所記念演奏会に客演し、同年、クイーンズランド・オペラ制作による『トスカ』のタイトルロールを演じる。2006年、オペラ・オーストラリア制作によるプロコフィエフ作曲『三つのオレンジへの恋』においてファタ・モルガナ役として出演し、同年、アルメニア総合慈善同盟100周年記念事業としてシドニーで上演された『アヌーシュ』のタイトルロールを務める。
このほか、アルメニア最高の室内楽歌手の一人としても、ロシア、ウクライナ、エストニア、グルジア、ブルガリア、スウェーデン、ドイツ、フランス、オランダ、カナダ、アメリカ、シリア、レバノン、エジプト、オーストラリアの主要なコンサートホールに出演。

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ありがとうございました!
その他 / TAKAHIRO AKIBA

昨日の「第17回ほりほりオーケストラ定期演奏会」にお運びくださいました皆様、ご支援くださいました皆様に心より感謝申し上げます。

自分のレパートリーとしては普段ほとんど取り上げることのないベートーヴェンの作品、とにかく思考錯誤を繰り返しながら、その音楽に触れて、辿って、驚いて、絶望しての手探り作業でしたが、経験豊かな指揮者の岡田友弘さん、ほりほりオーケストラの皆さんの温かいサポートに支えられつつ、私の「皇帝」を初めて世に出すことができました。おそらく、私自身の言葉としてこの世界観を雄弁に語り上げることができるようになるまでには、少なくともあと数年はかかるかと思われますが、このような貴重な精神的財産をまた一つ手に入れることができたことは何よりもの喜びです。

この経験を励みに、今後も一層の精進を重ねて参ります。どうぞこれからも変わらぬご支援のほど、宜しくお願い申し上げます。


2013年7月28日
秋場敬浩

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